心の旅路

第1話

  2.業のなすもの――会社時代と性格

私は、大正一〇年生まれなんです。一〇人兄弟で、育ち盛りの頃は七人いた。
親父は田舎の高等女学校の先生をしていたんですね。今の高校の事ですね。昭和七〜八年頃、その頃、月給がおそらく六〇円位だったと思います。月給六〇円ですよ、大変だったと思うんですね。
私は、あまり学校は好きじゃない。本を読むのもあんまり好きじゃない方なんですけど、私の兄弟というのは、みんな頭が良くて優等生ばっかりなんですね。
ところが私だけ、どういう訳なんだか知りませんけれども、何だか優等生になったことがない訳ですよ。(笑)お袋から、
「おまえは、本当にしょうがないねぇ。わたしは学校へ行くのが恥ずかしいよ」
「なぜ?」
と何回も言われてたくらいですから――。
しかし、その頃をよく振り返ってみると、小学校の頃に、よくお袋が私に、
「おまえはおかしな子だよ」「おまえは、法印様みたいな事ばっかり言ってるよ」
そう言われた事を未だに覚えているんですね。しかし、法印様と言われても何が何だか分からなかった訳です。「何かお坊さんの事かな」くらいは思っていた訳ですね。
振り返っても中々分かりませんけれども、それらしき事を言ったり、したりした事があったと思うんですよ。
そして、小学校を出て、その上の学校に入って二年生の時に私は、「もうこんな事をやっていても、勉強は嫌いだから辞めてしまえ、必要な時は夜学でもいゝや」と、家を出てしまった訳ですよ。それから一人で生活を始めたんですね。
ところが、自分が家を出て仕事を始め、その後軍隊に行くまでの間、「私は親の世話にはならない」と、何か変なものを持った訳ですね。
やはり、こういうものがあると、大きな歪を造ってしまう元になるんですね。
そして、戦争に約六年間ですね、行って戦地での戦闘の中を通ってきた。
その中で、「もう自分はダメなんじゃないかな」と思う事があったり、「もう自分はどうなっても良い」と思って歩いてみたり、いろんなものを通してきた。
そして、終戦になり、日本に帰って来た。それから、勤め人になって、いろんな仕事をさせて貰うようになった。
帰って来た時に、「一体、人間の青春というものは、何なんだろう?」と、また変な事を考えた訳ですね。
そうすると、何かこう一番大事な青春を楽しまなくてはいけない時なのに、「なんだ、六年間も……おれ一体何やってたんだろう? それじゃ、この埋め合わせをしよう」と、こうなってきた訳です。先ず愚かなものですね。
それから自分で、いろんな事を始めた訳ですよ。この六年間の若さを取り戻さなくてはいけないと思って、やった事はどういうものであったかと振り返ると、これがまた、とんでもない事だった訳ですね。




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