心の旅路

第1話「人間とは何ぞや」関連の参考講話 短編集                                                      


   5.足元にある心の修正の場                     更新

(『反省の日々』参照)

私は反省する中で、「先ず自分が変わらなくてはいけない。それじゃ、変わるという事はどういう事かな?」と、考えてみたが分からない。
分からないということは、自分の心を外に向けていたということですね。だから気が付かない訳です。棚に上げてしまうんですね。自分は気が付かないで、人の事ばっかりですね。
「ちょっと待てよ、これは違うぞ、それじゃ、なんだろうな?」と、考えていったら、そうしたら、朝起きてから寝るまでの間のやっている事の中に、全部あるんですよ。
「先ず、家の中では何が悪いのかな?」と考えた。
自分が家に帰って来て、現実に女房にやらせている事で、自分がやれば、お互いに心が乱れずに、時間もまた掛からずに、幾らでも出来る事があるんですね。それが出来なかったら、絶対に他の事は出来ないということなんですよ。難しい事じゃない。
ところが、みんな知っていてもやらない。「あー、今日やろう」、「明日やろう」、「いや、明後日やろう」になってくるんですね。
例えば、ここに物があるとする。自分はその近くにいる、
「おーい」
「おとうさん、な〜に?」
「おい、それ取ってくれ」
――もう一寸、こうやれば(手を伸ばす)届くのに、近くで「取ってくれ」とやる。
女房は茶碗を一所懸命に洗ってますね。そうしたら手を拭きながら来ますね。
「わたしは茶碗を洗っているのに、何でもっと手を伸ばして取らないの?」とカッカしてきますよね。
そうすると今度は、待っている方は、「何やってんだ、まだか」とイライラしてきますね。(笑)それを自分でやれば、何にもないんですよ。
まぁ、一つの例を挙げますと、こういう事なんですね。
それで私は、そういうような自分で出来る事を黙って始めていった訳です。
そういう中で、私は女房に、
「私も今までやりたい事やっていたけど、これは私が間違っていた。
高橋先生の話を聴いたら、間違っていた事に気が付いた。先生の教えは、とっても素晴らしい、本も素晴らしいんだよ。おまえも、この本は善いから読んで見ろよ」
――女房は一切手を触れませんでしたね。もうこっちはイライラしてきますよね、「善い本なのに、何で読まないんだ」って――。(笑)
そうすると、ちゃんともう分かっていますよね、波動が伝わって行きますから、
「おとうさんね、あなたは素晴らしい本だと思ってるかもしれないけれどもね、ところで、あなたは今まで、一体どんな事をやってきたの?」
――言われたらもう何にも言えない。(笑)すみませんも、何の言葉も出てこない。
それからは、高橋先生の名前も、本の事も、一切言わなかったんですよ。
唯ひたすら、自分が毎日それをやろうと、やっている。
もう苦しいですよ、「おーい、それ取ってくれ」と呼びそうになって我慢したり、呼んでしまったりと、何回も繰り返し繰り返しやって、もう厭だなと思っても、「あー、やろうやろう」と自分に言い聞かせてやる。
そして、それから何年かした時に、実は女房が高橋先生の本を全部読んでいた訳です。私はそれまで気が付かなかったんですねぇ……。
ですから私のやってる事を分かっていますよ。女房の方が偉いですよねぇ。(笑)
1982年11月
                                                 
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